Sports Analytics Lab


【インフォグラフィックでキャリアを振り返る】Honda FC・古橋達弥選手インタビュー

2019.08.05 written by SPLYZA Inc.

今シーズンのJ1リーグでは、佐川印刷SC出身の藤本憲明選手(大分トリニータ所属)が活躍したり、JFL時代の藤枝MYFCからキャリアをスタートした朴一圭選手(横浜F・マリノス所属)がフレンドリーマッチとはいえマンチェスター・シティ相手にも大健闘するなど「JFL出身」の選手が国内トップリーグで大ブレイクしています。

その流れで「藤本選手がJFL時代からJ1までどのクラブに対して何ゴール挙げているか」という画像を以前作成したのですが、同じ条件で一番異なるクラブから得点を挙げている選手は一体誰なんだろう?ということで日本国内随一のサッカーデータベースサイト「Soccer D.B.」の管理人さん(@soccerdb_2014)にお伺いしたところ、「JFL出身でかつJリーグでも活躍した選手」のパイオニアでもある古橋達弥選手が歴代1位ということが判り、そのインフォグラフィックを作成するに至りました。

▼古橋選手のインフォグラフィック「TATSUYA FURUHASHI 1999-2018 NUMBER OF OPPONENTS GOALS」


今回はご本人にインフォグラフィックを用いながらキャリアを振り返ってもらうとともに、印象深かったゴール、他にも天皇杯のお話や今後の抱負等にも触れてもらいつつ、古橋選手自身に「自己分析」をしていただいております。なおこちらのパネルは古橋選手ご本人にプレゼントし、またHonda FCのクラブハウス用にも別途贈呈させていただいております。


これまでのキャリアにおいて印象に残っているゴールやJリーグでの挑戦について

ー本日はよろしくお願いいたします。今回はこの古橋選手のインフォグラフィックを元に、インタビューを進めさせていただこうと思っております。あまり対戦相手のエンブレムまで覚えていないかもしれませんが、印象に残っている対戦相手やゴールはありますか?

古橋選手:
J1時代はとにかく大阪ダービーでのガンバ大阪は強かった記憶しかないです。僕がセレッソ大阪に在籍していた間は1得点もできなかったですね。あとはこれ(インフォグラフィック)をパッと見た感じだとマリノスや名古屋、鹿島戦で挙げた2ゴールはハッキリと覚えてますね。FC東京戦の角度のないところから決めたゴールとかも。

▼セレッソ大阪時代にFC東京戦で挙げた無回転シュート(2006年)


ーちなみに2004年にJFLからいきなりJ1リーグに挑戦することになったと思うのですが、セレッソ大阪から声がかかった時はどういう経緯だったんでしょうか。

古橋選手:
2003年にJFLで29試合で31ゴールを挙げて得点王になったり、あとはいろんなJクラブの練習に参加させてもらっていたんですけど、その時に唯一セレッソ大阪から正式オファーをいただいて。Hondaに残って働きながらサッカーするか迷ったんですけど、思い切って勝負してみようと思ったのがきっかけです。

ー高校を卒業してHonda FCに入る際、「絶対にプロにあがってやるぞ」みたいなモチベーションはあったのでしょうか。

古橋選手:
小さい頃からずっとサッカー1本だけでやってきて、高校の磐田東もサッカーで入りましたし、そのまま地元のHonda FCに入れたのもあったので、働きながらでも大好きなサッカーが出来れば。という感じでそこまで将来のキャリア設計は持っていなかったと思います。ただ、プロへの憧れはありましたよ。

ー古橋選手は今年39歳ということなので、Jが開幕したのは中学生の頃ですよね。ということは、そのあとすぐに地元のジュビロ磐田の黄金期が訪れていたかと思います。

古橋選手:
そうですね。個人的には子供の頃からずっとジュビロ磐田を応援していました。地元静岡西部のクラブということでジュビロでプレーできれば一番よかったんですが(笑) 実際にセレッソからオファーを貰った際も、初めての土地で誰も知り合いがいなかったし、当時はJFLからいきなりあがってきて「コイツはJ1で通用するのか?」みたいな周囲の目も正直あったと思うので不安はありましたけど、まあやってみようかなと。

ー実業団クラブからJ1クラブに移籍するというのは、当時はギャップに苦しんだようなことは無かったのでしょうか?

古橋選手:
普段テレビで見ている選手が大勢いて、最初は本当におそるおそるというか。ビクビクしながら練習場に行った記憶はありますね。練習が始まってしまえば何も気にはならなかったんですが。プロということで自分のことに使える時間も十分にありますし、個人的には割とすぐに適応できたかと思います。

ーセレッソ大阪に移籍した2004年、シーズン途中からではありましたがいきなり5ゴールを挙げられてますね。

古橋選手:
確かナビスコカップからずっとスタメンで使ってもらってて、リーグ戦デビューとなったFC東京戦でJ1初ゴールを挙げました。その時はゴール前でこぼれ球を詰めただけのゴールではあったんですけど、それでだいぶ気が楽になったというか。早い段階で結果を残せたことが自信になりましたし、その後のJでのキャリアに良い影響を与えたと思います。苦しいことも多かったですけどね。今となっては良い思い出です。




様々なカテゴリでプレイしてきた中で経験したトッププレーヤーの「巧さ」

ー古橋選手が様々なカテゴリでやってきた中で、トップリーグの選手はここが違ったなっていうのはありますか?

古橋選手:
僕自身がFWというのもありますが、まず対峙するDFのフィジカルの能力が全然違いますね。あとはパスとかも勿論上手いんですけど、カテゴリが上がるごとに見えないところで嫌なことをしてきます。駆け引き的に。審判の見えないところでシャツを引っ張ったり手で抑えてきたりとか。ああいうのやられると走りたいタイミングでこっちも走れなくなるんですよ。ここぞ!という時の馬力がすごいです。力の入れどころと抜きどころを判っているというか。

ーちなみにFWとして対峙して一番キツかったなと思うDFは誰ですか?

古橋選手:
やっぱり(当時の)マリノスの中澤選手ですね。フィジカルでも圧倒されるんですが、こっちの仕掛けたいタイミングを全部潰される感じです。僕自身、スピードやパワーというより駆け引きで勝負するタイプなんですけど、こっちが動きたいと思っている時にすかさず抑えられるというか。あれはどうしようもなかった記憶があります。

ー私自身、毎節J1からJ3、あとJFLの映像を見たりしているんですが、正直なところやっているサッカーの内容には大きな差は無いと思っています。ただ「神は細部に宿る」ではないですけど、選手個人個人のクオリティというか、ものすごく細かい部分が積み重なって、カテゴリごとのレベルの差を生んでいる印象です。

古橋選手:
そうですね。僕自身の感覚ですけど、実際にピッチに立つとやはりJ1は対戦相手全員が駆け引きが上手かったりだとか、それに伴う組織力が段違いだったりと、その辺は外から見える景色やスタッツなんかに現れない部分もあるなんじゃないかなと思います。

ーHonda FCさんは新たにJに挑戦する選手であったり、あとは直近だと米国メジャーリーグサッカーに挑戦した栗本選手であるとか、実業団チームであるにも関わらず選手のステップアップ移籍には寛容なイメージがあります。そういう企業文化であったり会社としての理解というのは、選手自身にとっても後押しになったり、また新しく優秀な選手が入団してくる事にも繋がっているのではないでしょうか。



古橋選手:
それはあると思います。基本的にうちは選手自身の選択は自由ですし、外に出ていってもらえれば「Honda FCには良い選手がいる」という宣伝にもなるんで。どんどん挑戦して欲しいなって思います。JFLからJに挑戦っていうケースは昔から全然ありますし、カテゴリ問わず結果を出せばJクラブからも興味を持ってもらえますからね。

ー今年は既に3ゴールを挙げられており、福井ユナイテッド戦の1得点で「得点を挙げた相手」が61クラブ目と自身の記録も更新されています。シーズン序盤に怪我で出遅れたとのことですが、今季の抱負や今後のキャリアの目標があれば教えていただけますか?

古橋選手:
今に始まったことではないですが、まずは目の前の試合をしっかりこなすことですね。ゴールや結果は自ずと付いてくるものだと思っていますので。今後の選手としてのキャリアについては続けられる限りは現役でいたいです。また、引退後は指導者もやろうかなと思っていて去年C級ライセンスをとったんですけど、B級は応募が殺到しててキャンセル待ち状態だと言われたので、そのへんは引退後でもいいかなと思っています。


天皇杯・コンサドーレ札幌戦の振り返りと、徳島ヴォルティス戦への意気込み

ー今年の天皇杯の話に移ります。まず前回の天皇杯2回戦、4-2で勝利したコンサドーレ札幌戦はどのような準備をして臨まれたのでしょうか?

古橋選手:
札幌戦の前はビデオミーティングをしっかりやって、相手の特徴を抑えたのと、自分たちとしてはこういう準備をしようというのをチーム全体で共有して臨みました。ただ、相手のウィークポイントがこうで、このへんにスペースができやすいからって事前にインプットされてても、試合中は忘れちゃってることが多いんですけどね(笑) 試合では運よくゴールも出来てしっかり勝てたかなという印象です。各々がやるべきことを実行できたと思います。

ーちなみに次の対戦(天皇杯3回戦での)相手の徳島ヴォルティスなんですけど、大塚製薬サッカー部時代と合わせるとトータル9ゴール挙げている相手です。これは古橋選手の記録だと東京武蔵野シティFC(横河電機サッカー部+横河武蔵野FC時代含む)相手の13ゴール、国士舘大学サッカー部相手の11ゴールに次いで、データ上は歴代3番目の”お得意様”という事になります。徳島戦での覚えているゴールはありますか?

古橋選手:
ええっ!そんなにゴールとってたかな…大塚製薬時代は相性が悪く負け越してると思うので、こんなに得点を取っていたのが意外ですね。そして徳島ヴォルティス戦でのゴールは全く覚えてないです(笑)

▼セレッソ大阪時代、徳島ヴォルティス戦での直接FKでのゴール(2008年)


ー徳島ですが、近年はスペイン人のリカルド・ロドリゲス監督が率いている、国内でも屈指のモダンなサッカーを展開するクラブです。私個人としても接戦になることを予想していますが、古橋選手としてはどのような印象をお持ちでしょうか?

古橋選手:
対戦相手が徳島ヴォルティスに決まってから何試合か試合映像を観ましたが、試合ごとにスタートのフォーメーションが違っていたり、前半と後半で異なるシステムを採用していたりするので、難しい相手というか…一筋縄ではいかないだろうなと感じています。チームとしてどう対策をするかというのも勿論ですが、個人としても徳島はどこをやられると嫌なのかっていうのは色々と考えているところですね。

ーHonda FCとしてはガチガチに引いて守ってくるような相手よりも、徳島ヴォルティスのようなしっかり繋いでくるサッカーのほうがチームとしてもやりやすいのではないでしょうか。

古橋選手:
そうですね。ボール保持型のチーム相手だとこちらの使いたいスペースができたりするので…ボールを奪った瞬間なんかはチャンスになると思いますし、相手の嫌がるところをピンポイントに攻めることができれば、いくらか勝算はあるんじゃないかなと思っています。

ー近年のHonda FCで天皇杯といえば、2007年準々決勝で鹿島アントラーズと激闘を繰り広げた印象が強いです。今回もどんどん勝ち進んでください!と言いたいところですが、まずは次の徳島戦でしっかり勝って次に繋げていただければと思っています。本日はお時間頂きありがとうございました。

▼第87回天皇杯 準々決勝でHonda FCが鹿島アントラーズに挑む(2007年)