フットボール・データアナリティクス:データで見る2018ロシアW杯「各国のボール保持力・奪取力マップの可視化」

2019.02.27 written by Saeru Yamamuro

はじめに

チームの攻守における特徴をデータから導く上で、現在はシーズン全体もしくは1試合の統計的なスタッツ(ゴール数、走行距離、ポゼッション率、サイドからの攻撃回数)を用いることが多いと思います。しかしながら、現状の分析方法ではサッカーというスポーツが持つ時空間的な情報を捉えきれているとは言えません。そこで、今回の記事では「ボール保持 力・奪取力マップを可視化する」技術の説明に加えて、先日のロシアW杯のデータに当てはめた分析結果を紹介したいと思います。


データ分析モデル

今回はstatsbomb社提供の2018年ロシアワールドカップのイベントデータを使用しました。また、適用するモデルは『The Pressing Game: Optimal Defensive Disruption in Soccer』(MIT Sloan Sports Analytics Conference)という論文で提案されているGeneralized Linear Spatial Regression(GLSR)モデルです。具体的には目的変数であるイベントの成功 / 失敗をガウス過程で拡張された一般化線形モデルで推定することで、各チームのボール保持 / 奪取における特徴を空間的に可視化できます。この論文は以下のnoteで紹介しているので、参考にされてください。

▼【論文紹介】イベントデータから守備力をマップ化する【プレミアリーグ】
https://note.mu/deepfoot/n/n6eeea655a765


回帰係数による出場国のマップ化

まずはじめにグループステージのイベントデータから推定された回帰係数を用いて、出場国の攻守における特徴について分析します。縦軸をボール保持力、横軸をボール奪取力として、以下の図のようにマップ化されました。解釈性の向上のため、推定された回帰係数をクラスタリング(教師なし学習の1つで、各サンプルをグループ化することができます)して、国名を色付きでプロットしています。



1つの国が1つのクラスタとしてグループ化されたスペインとイングランドが、他の出場国と大きく外れたところに位置しています。この結果からスペインが圧倒的なボール保持力を誇ること、イングランドは相手にボールを持たせながらも(横軸のボール奪取力が低い)、一度ボールを握ったら失いにくかったことが分かります。

我らが日本は、データ上はブラジルやドイツといった強豪国と同じクラスタに割り当てられていました。また、ファイナルで顔を合わせたフランスとクロアチアはどちらもマップ中央に位置していることから、ボール保持・奪取両面において平均的な、言い換えればボールの保持やプレッシングにこだわらない試合運びをしていたと言えます。この分析結果は、フットボリスタ2018年9月号増刊でのレナート・バルディ氏の大会総括と非常に似たものとなっているので、定性的にこの手法の有用性を示すことができました。


特徴的な出場国のボール保持力・奪取力マップの分析

まずはガウス過程によって得られたボール保持力・奪取力マップの見方を説明します。上段の保持力マップは、青いほどボールを保持しやすく、逆に赤いところはボールを失いやすいということを示しています。一方、下段の奪取力マップは、赤いほどボールを奪いやすく、青いほどボールを回されやすいということを示しています。また、攻撃方向は両マップともに右向きです。したがって、奪取力マップでは各出場国の自陣ゴールは右側になっています。

今回は左右差が見られた国と、ベスト4に進出した国に絞って各マップの紹介と分析を行います。



左右差がみられたブラジル、日本、ポルトガル

まずは下段左のブラジルのボール奪取力マップから。左サイドに比べて右サイドの青が濃いことから、守備時にブラジルは右サイドに困難を抱えていたことが分かります。これはアウベスの欠場によりスタメンで出ることとなったファグネルのサイドであり、ブラジルはここでボールを奪えず、逆に対戦相手はこちらを中心に攻撃を組み立てていたことが考えられます。

また、上段中央の日本のボール保持力マップの左右差も興味深い結果となりました。右サイドに比べて左サイドの青が濃いことから、長友と乾に加えて香川が多く関わっていた、こちらのサイドではボール保持が安定していたといえるでしょう。

最後は右のポルトガルは前の2ヶ国ほど顕著ではありませんが、ボール保持・奪取ともに左右差がありました。保持では自陣左のほうが青が濃く、奪取では自陣右のところの青が薄くマップ化されました。ラファエル・ゲレイロの攻撃力とセドリックの守備力というポルトガルの両SBの特徴を、データからも確認できる結果となりました。


ベスト4に進出した国

次にロシアW杯でベスト4に進出した国の保持・奪取マップを紹介します。回帰係数からフランスとクロアチアは似たような戦略を取っていたと考察しましたが、ともにピッチ全体で偏りがないことが見て取れます。したがって、このマップからも「つかみどころのない」サッカーであったことが理解できます。

一方、準決勝で敗退したベルギーとイングランドは、ゾーンごとに変化が見られました。ベルギーの保持力マップからは、自陣ではボールを安定してボールを保持するものの、敵陣侵入後はボールを失うリスクのある選択をより多くしていたことが考察できます。加えて、イングランドの奪取力マップからは、敵陣でのプレッシングはせずに自陣でブロックを構える傾向が読み取れます。




ピックアップマッチ

最後に、準々決勝ベルギー 2-1 ブラジルをピックアップマッチとして、前後半のボール奪取力マップとともに分析を行います。今大会最強のスカッドを保持するブラジルを前に、デ・ブルイネのCF起用等の奇策で挑んだベルギーの姿は記憶に新しいと思います。前半のベルギーは3+1-3-3の左右非対称なブロックを構えることで、ブラジルの攻撃を機能不全にさせました。


そのことが、左上のベルギーのボール奪取力マップから見て取れます。自陣ではボールを奪う確率が高く(青色が薄い)、左サイドは特に敵陣でもボールをよく奪えたことが分かります。一方、後半(右上)の奪取力マップでは、自陣のペナルティエリア近くまで濃い青の領域が迫っています。これはブラジルが一段ギアを上げたことや、D・コスタ投入による影響が大きいと考えられます。サッカーにたらればが通用しないのは百も承知でありますが、このギアチェンジのタイミングがあと少し早かったならば、ベルギーは追いつかれていたかもしれない。。。そんな想像をも引き出してくれる結果でもありました。

惜しくも敗れてしまったブラジルの奪取力マップを少し見てみたいと思います。前半は右サイドであまりボールを奪えておらず、こちらのサイドに位置していたエデン・アザールの質的優位(vsファグネル)が発揮されていたと考えられます。また、後半は自陣の左サイドでのボール奪取力が高くなっています。これは皆様の記憶にも残っていると思いますが、攻撃参加したマルセロ後方の広大なスペースを1人でカバーしていた、ミランダの守備力を示しているといえるでしょう。特にスピードとパワーを兼ね備えたルカクとのデュエルを制した姿は圧巻でした。


最後に

ロシアW杯のイベントデータを用いた実験、分析・考察を行った個人的な感想で締めたいと思います。はじめに、感想としては「分析結果を見せるターゲット」によって、その情報の粒度を変えていく必要性を感じました。例えば今回の分析結果だと、マップからチームの特徴が把握できるため、ファンや戦術クラスタの方々には有用性が高いと考えられます。プロのアナリストをターゲットにするならば、このマップに加えて各選手のボール保持・奪取に関するイベントデータの統計情報も必要でしょう。したがって、今後の新指標の開発においては、ユーザーの用途によってカスタマイズできる分析方法を提案したいです。

著者プロフィール:さえない/Saeru Yamamuro データサイエンティスト

現役でサッカーとフットサルをプレイする傍ら、スポーツデータの分析技術に関する論文の読解と実装、オープンデータを活用した実験を行っている。今後はトラッキングデータを用いた新たな評価指標の開発を目指す。好きなクラブはアトレティコ・マドリード。

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