【リバプールFCでのデータ活用方法】選手がボールをコントロールする確率を可視化する計算モデル「Pitch Control」の解説

2021.05.27 written by Gaku Morita(SPLYZA Inc.)

2010年代以降、スポーツの世界ではテクノロジーの介入が著しく進み、サッカーにおいても例えばシュート数やパス数などのイベントデータや、ウェアラブルデバイスによるフィジカルデータ、また映像によるトラッキングデータなど、様々なデータが容易に取得できるようになってきました。それに加え、それらのデータを有効に活用することで、結果的にチームの強化に役立てる方法が現在でも広く研究されています。

先に挙げたデータの活用方法の事例の一つとして、トラッキングデータからピッチ上での選手がボールをコントロールする確率を可視化する「Pitch Control」という手法(計算モデル)が存在しています。

この記事ではイングランド・プレミアリーグのリバプールFCで、主に戦術面のデータサイエンティストを務めるウィリアム・スピアマン氏が、2020年にYoutubeで公開した内容を元に、その「Pitch Control」の詳細について解説していきます。

■引用元:Liverpool FC data scientist William Spearman's masterclass in Pitch Control
https://www.youtube.com/watch?v=X9PrwPyolyU

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まず、「トラッキングデータ」とは、フィールド上にいる選手の試合時間における座標データのことを指します。そのデータから、走行距離や速度を計算したり、ある瞬間の位置関係や、はたまた別の時間帯での平均位置関係、選手交代前後での位置関係の変化など、計算の仕方次第で様々な情報を得ることが可能なデータです。

このトラッキングデータから、ピッチ上での選手がボールをコントロールする確率を可視化するために導き出されたのが「Pitch Control」という計算モデルです。

動画では「Pitch Control」を以下のように定義しています。
“Pitch Control(at a particular location) is a probability that a player control the ball, assuming it were at that location”
- ピッチコントロール(特定の場所で)とは、ボールがその場所にあったと仮定して、プレイヤーがボールをコントロールする確率のことです。-


動画[1:53〜]

ピッチ上での選手がボールをコントロールする確率を可視化する上で、最もシンプルなアプローチは、「ボールに最も距離が近い選手がボールをコントロールできる」という考え方です。
それを可視化するのには「ボロノイ分割」が有効とされています。ボロノイ分割は様々なシーンで利用されるアルゴリズムですが、これをサッカーに置き換えて図示すると、以下画像のようになります。ボールは青の選手の領域にあり、最も近い距離にいるのは青の選手というのがわかります。


動画[4:20〜]

ここで疑問となるのは、本当に距離の近い選手がボールをコントロールできるのか?という点です。選手がボールに到達し、ボールをコントロールするためには「選手の向き」や「選手の速度」も影響があるはずです。

そこで、距離ではなく時間として領域を計算します。そこで…
「時間 = 距離 / 速度」
という公式を使って速度を考慮します。(画像内にある)矢印を選手の速度とした際、「時間の境界線」を図示すると、今度は赤の選手がボールコントロール可能という結果になりました。


動画[5:05〜]

このように距離ではなく時間で領域を計算するのが「Pitch Control」の大きな特徴です。ここに境界エリア(マージナルな領域)での不確実性を追加すると以下のようになります。(ここでの細かな根拠は動画内では示されていないのですが)どちらのコントロール下とも言えない領域は白で表示されています。


動画[6:15〜]

この図をサッカーのピッチ上に描画すると以下のような図になります。選手がボールをコントロールする確率が高い領域は、選手が活用できるスペースと言い換えることもできます。ボール保持者から見たら、パスを出すと味方に渡る可能性が高いスペースとも言えます。


動画[7:42〜]

これが「Pitch Control」の基本的な部分です。選手がボールをコントロールする確率が高い領域を可視化することで、試合の様々なシーンをより効果的に分析し、最適化を図ることができる訳です。

ここで疑問が浮かび上がります。果たしてこの図は「ボールをコントロールできる確率」として本当に正しいと言えるでしょうか?なぜなら、この計算モデルは「選手の距離」と「速度」以外は考慮していないのです。例えば、選手の技術によってコントロールできる確率は変わる(選手の能力が変数として関与する)はずです。また、ボールの動き方によってもコントロールできる確率は変わってくるとも考えられます。

スピアマン氏のプレゼンテーションを聞き進めていくと、そういった"考慮されていない部分"にも言及されていました。そして、「Pitch Control」をより良いモデルに改良するためのアイデアも提案されています。


動画[14:23〜]

改良アイデアの一つとして「Dynamic Pitch Control」が紹介されています。これは「ボールの到達時間」を考慮した計算モデルとのことです。


動画[23:42〜]

例えば、ボールの出発地点から到達地点までの距離が遠く、ボールが到達する前に2人の選手が到達地点にいた場合、その地点でボールをコントロールできる確率はほぼ五分五分と言えます。なので、ボールの到達時間を考慮すると、従来の「Pitch Control」とは少し異なる結果が得られます。

その他にも新たな要素を考慮した、ピッチ上でのボールをコントロールする確率を可視化する研究が行われているようです。この動画からは「ボロノイ分割」と「Pitch Control」、そして新たな計算モデルが開発されている様子が汲み取れます。

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以上が「Pitch Control」の紹介となります。これらのテクノロジーをリバプールのチーム内でどう活用されているか?には触れられていませんでした。これらは憶測の域を出ませんが

・試合中の選手の状況判断は最適であったかどうか?
・現在のスカッド(保持するリソース)で実現したい指標をクリアできるか?
・指標クリアが見込めない場合、選手補強は必要か否か?

などの項目を検証するために活用しているものと推測されます。

これがユルゲン・クロップ監督をはじめとする現場レベルのスタッフにどこまで共有されているか、また経営陣の判断にどれほど関与しているかは定かではありませんが、(主力選手の長期離脱という不運もあったものの)最終節に土壇場でCLストレートイン枠に滑り込んだリバプールの2021シーズンの結果から察するに、「最先端のテクノロジー、およびデータサイエンスの積極活用」が必ずしも結果に直結するとは言い切れないのが現状と言えるでしょう。

もちろん、使えるものは最大限に使って最適化は図るべきです。ですが結局のところ、意思決定のフローであったりタイミングが経営やクラブチームの成績に大きく影響するわけで、テクノロジーはその材料を提供するだけの場合がほとんどです。

何事も過信は禁物。ということを、リバプールのデータサイエンスチームが証明してくれているとも言えます。ストーブリーグでの補強の噂含め、来季以降もリバプールFCの動きに注目していきたい所です。

プロフィール:森田岳 (Gaku Morita) 分析エバンジェリスト

自動車業界出身で社会人サッカーチームの運営/監督/選手経験を持つ。サッカーに関するスタッツ・客観的なデータをこよなく愛し、戦術ボードアプリ「Tactical Board」の開発者でもある。尊敬する指導者はマヌエル・ペジェグリーニ。

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