【ラ・リーガ19/20】第20節 エイバルvsアトレティコ・マドリード マッチレポート「エイバルの徹底したロングボール戦術の狙い/アトレティコ、J・フェリックスの現在地」

2020.01.22 written by Haru Matsumura

雨が降りしきるエイバルの本拠地、エスタディオ・ムニシパル・デ・イプルア。現時点で残留争いを強いられているエイバルは、リーガの優勝争いに踏みとどまるべく4戦負けなしと調子を上げているアトレティコ・マドリードをホームに迎えました。日本時間で1/19(日)に行われたエイバルvsアトレティコ・マドリーにおけるスタメンおよび直近3試合のスタッツは以下の通りとなっています。

▼エイバル:スターティングメンバー


▼エイバル:直近3試合のベーシックスタッツ


▼アトレティコ・マドリード:スターティングメンバー


▼アトレティコ・マドリード:直近3試合のベーシックスタッツ


両チームの主要なスタッツを見る限りでは、直近3試合での双方のスタイルに大きな差があるようには見えません。しかしエイバルの指揮官であるホセ・ルイス・メンディリバル監督は試合前の会見で「アトレティコ・マドリードは積極的にプレッシングを掛けてくる時もあれば、自信を持って引いて守ることもできる。試合を支配しても勝てるとは限らないし、彼らもそうした戦い方を不快には感じないんだ。」と臨機応変なアトレティコのスタイルを警戒していました。エイバルにとってもラ・リーガ(1部)に昇格以降、本拠地イプルアでは5戦全敗している苦手な相手に対して、どのような策をとるのか注目される試合となりました。

一方で、ディエゴ・シメオネ監督十八番の、一貫したプレッシングスタイルに、ここにきて若干異なるエッセンスを加えつつあるアトレティコ・マドリード。若手の注目株、ジョアン・フェリックスの獲得など、メンバーも大幅に入れ替えました。2013-14以来の国内リーグ戦のタイトルを狙うチームの第20節時点での完成度やいかに。

このマッチレビューでは、試合における「2つのキーファクター」を章立てして分析を行います。(※記事内のピッチプロットは全てStats Zoneより引用。その他のものは画像内に引用元を明記。)

エイバルのオフェンス時の狙い

試合の主導権を握ったのはホームのエイバル。シンプルなロングボールを主体にアトレティコを押し込んでいきます。格上の相手に対し、序盤から積極的にロングボールを蹴っていくのは予想通りとも言えますが、この試合でのエイバルにはある狙いが見て取れました。

まずエイバルのロングボールは、左サイドに流れているセンターフォワードのエンリクに供給されていたものの、アトレティコのセンターバック陣はサヴィッチが188cm、フェリペが190cmとリーガでも屈指の体躯。この試合で重点的にロングボールのレシーバーを務めたエンリクの空中戦勝率は23.0%(今季平均37.9%)と、フィジカル面で分があるわけではないエンリクは競り合いで優位を取れない場面が続きます。

しかし、それでもこの選択を徹底し続けたのには、エイバルの明確な狙いがあったからに他ありません。それは”セカンドボール”です。エイバルはロングボールの受け手に対してのポジショニングとそのこぼれ球への反応が、アトレティコに比べて数段優れていました。この一連の左サイドでの攻防が「チームとして共有された狙い」だったことが分かるのが以下のピッチプロットになります。この試合における前半のパスマップとロングパスのコースが、極端に左サイドに偏っているのです。



前半は明らかに左サイドに人数をかけており、その中心にいたのが乾とオレジャーナ。特に乾選手は極端なポジショニング、度々サイドライン上に立つなど、画面から消えていることも。



後方から供給されるロングボールは左サイドの奥を狙っており、常にエンリクの正面に2つの選択肢を用意するようにしていたエイバルの攻撃陣。チーム内での狙いが鮮明です。

恐らくメンディリバル監督は、エンリクが空中戦で苦戦することはある程度織り込み済みで、本当の狙いは乾やオレジャナにボールを回収させることに重きを置いていたのではないでしょうか。

チームとして、後方からのビルドアップには不安が残る(相手がアトレティコということもある)ため、前進の手段として活用された左サイドへのロングボール。メンディリバル監督のこの狙いは、競り合いに勝てるセンターフォワードがタメを作るのではなく、最終的にボールを持つという目的から逆算されたシステムでした。ここでの競り合いの目的は「相手に自由に触らせない」ことであり「自分達が使いたいスペース+選手にボールを運ぶ」ことと言えるでしょう。

もう一つ、左サイドにロングボールを蹴った理由として挙げられるのが「身長の低いサイドバックと競らせる」という点。アトレティコの左サイドバックであるアリアスは178cmであるのに対し、右サイドバックのサウールは184cm。ロングボールを蹴る際にどちらを狙うべきかは明白です。

ここまでロジカルにメンディリバル監督の狙いを推察してきましたが、これを是とすべきかは悩ましいところ。というのも、以下のピッチプロットを見ていただきたいのですが、過去3試合の前半はどの試合も片方のサイドにボールを集めているのです。

▼vsビルバオ(前半)


▼vsグラナダ(前半)


▼vsバレンシア(前半)


ここに相手のサイドバックの身長を照らし合わせてみます。

■ビルバオ
・RSB カパ 175㎝
・LSB ユーリ 181cm
・DMF(R) ガルシア 180cm
・DMF(L) ホセ 188㎝

■グラナダ
・RSB ディアス 181㎝
・LSB ネヴァ 174cm

■バレンシア
・RSB ワス 181cm
・LSB ガヤ 172cm
・DMF(R) コクラン 176cm
・DMF(L) パレホ 182㎝

過去3試合において両サイドバック or ボランチに明らかな身長差がありながら、必ずしも身長の低いサイドを狙っているわけではないエイバル。身長以外にも何か基準がありそうですが、この試合だけでメンディリバル監督の考えを読み解くことは難しく、データからも答えを出せませんでした。この件については今後の試合で注目していきたいと思います。

ちなみにエイバルは、ビルドアップにおいて後方から立て直す時もセンターバック→左サイドバック→左サイドハーフと、左サイドでのオフェンシブルートを徹底しており、特に左サイドバックであるアンヘルは、ボールを持つと必ず乾選手へのパスコースを探していました。

それに対してアトレティコ。様子見の序盤の5分間が過ぎると、すぐにMFのコレアがアンヘルに対して、縦のパスコースを切るようなポジションを取るようになります。相手の狙いに対するアンサーの早さは磨き抜かれたものを感じましたが、エイバルもすぐにボランチの立ち位置をサイド後方にずらすことで内へのパスコースを作り、対面するコレアを悩ませます。

得点に繋がるCKまでの一連のプレーは、初めてこの狙いを用いた時であり、最初のワンチャンスを得点に繋げたことになります。ここはメンディリバル監督の用意周到さが実を結んだシーンと言えます。

▼エイバルvsアトレティコ・マドリード:ハイライト動画

ジョアン・フェリックスの現在地

試合は前半途中のアトレティコの変化から潮目が変わります。ボランチがセンターバックの横に入ることで3バックのような形になり、エイバルのプレスを翻弄し始めるように。今や当たり前になってきているこの2トップへの対応ですが、前半はトーマス、そして後半に入るとエレーラが主にディフェンスラインに加わるようになります。

チームとしてこのポジショニングを取ったのは相手の2トップに対してだけでなく、自チームのサイドバックの位置を高くしたいという意図もあったはずです。エイバルは相手がフレキシブルに対応してきてからも変わらず人に対してのプレスが強いため、中盤サイドの選手は3バック化した相手にサイドへのパスコースを切らずにプレスをかけていました。ミラーゲームの前半では有効なエイバルの同数プレスも無力化し、人数の余るアトレティコは簡単に高い位置にいるサイドバックを使って前進。さらに前半の高い強度の代償として徐々に運動量が落ちてきたエイバル。後半はアトレティコのペースに移っていきます。

そしてその中心にいたのが昨シーズンまで不動のエースであったグリーズマンの代役、そしてアトレティコの未来を担う逸材として、夏に大枚を叩いて獲得したジョアン・フェリックス。やはり彼のセンスは光輝くものがありました。以下のピッチプロットからは、この試合において主に左サイドのやや低い位置でのプレーが多かったことが判ります。



前半はチームとして上手くいかなかったため、活躍のシーンは限られていましたが、主にビルドアップの出口としてポジションを下げてボールを引き出しチームに貢献。そしてアトレティコがボールを保持するようになるとその類稀なる能力はより一層増していきます。

J・フェリックスが主に見せたのは左サイドバック+左サイドハーフと連携しながら流動的にポジションを変えるプレー。特にサウールとは阿吽の呼吸を見せ、J・フェリックスがサイドに張った時にはインナーラップを見せるなどポジションを細かく変えながらお互いのスペースを被せることなく適切な距離でプレーしており、エイバルは明らかに翻弄されていました。

▼ジョアン・フェリックスのアタッキングマップ(後半)






こちらのピッチプロットからもサウールとJ・フェリックスのホットラインが形成されていることが分かります。この理由に関してスタッツだけで表すのは難しいのですが、ポジションレスにプレーできるサウールを左サイドバックに置いていること、そして右サイドでのモラタのポストプレーを活かした細かいパスワークから、逆サイドの広いスペースにいる2人への展開などはチームの共通認識が感じられました。ストライカーらしいプレーはそれほどなかったものの、シメオネ監督曰く「上手くいった」とのこと。

チームとしてビルドアップが苦しかった前半、スタイル変更で相手を押し込めた後半とそれぞれ最適のプレーを見せていたJ・フェリックス。ただ、この試合において崩しの起点ではあるものの、ゴール前でのプレーは少なく、本来の持ち味をすべて発揮できているわけではないでしょう。さらに相棒のモラタは得意の裏への抜け出しが鳴りを潜めており、ポストプレーなどの狭いスペースでのプレーを強いられていました。

J・フェリックスを中心に攻め続けたアトレティコに対し、押し込まれるエイバルは交代策とスタイル変更で対応。特に74分、80分と立て続けの交代と、センターフォワードのポジションを縦関係にしてリトリートを徹底したことは明らかに有効な手として機能していました。最終ラインと中盤の間をコンパクトにし、アトレティコに対しサイドでの突破をある程度許しながらも、中央でのプレーは自由にさせなかったエイバル。終了間際にはとどめの2点目を決め、貴重な勝ち点3を獲得した一方で、アトレティコにとっては優勝争いに向けて手痛い黒星となりました。

▼参考資料:その他のベーシックスタッツ

総評

エイバルにとっては大きな勝ち点となったこの試合は、両監督の駆け引きと選手の輝きで濃密な試合となりました。エイバルのプレスに対するアトレティコのアンサー、そしてそれに対するメンディリバル監督の対応など、どれをとっても素晴らしい内容。エイバルのロングボールを活かしたオフェンスの仕組みが、アトレティコのような長身をそろえるチームにも通用していたのは興味深かったように思います。そしてJ・フェリックス。まだまだ限定的ではあるものの、その存在の大きさと秘められている才能には期待しかありません。今後も彼を追い続けようと思います。

プロフィール:松村晴 (Haru Matsumura) 興國高校サッカー部アナリスト

関西在住。現在は地元の大学に通いながら興國高校サッカー部のビデオ分析官を務め、主に対戦相手チームのスカウティングを担当。SPLYZA Teamsを活用した分析レポートで内野監督や選手をサポートし、興國高校初となる選手権出場にも貢献。来季も同校でのアナリストとしての活躍が期待されている。好きなチームはガンバ大阪。

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