【2018-19 UEFAチャンピオンズリーグ】Group-C 5/6 - PSG × リバプール「トゥヘル・プランの徹底」パリ・サンジェルマンの巧みな試合運びを分析

2018.12.04 written by Daichi Kawano(SPLYZA Inc.)

※この記事はSPLYZA Teamsのタグ付け機能から割り出されたデータをもとに構成されています。


2018-19 CLグループリーグ グループC 5/6節:PSGvsリバプール スタメン



試合の前日記者会見でPSGの監督であるトーマス・トゥヘルは、当日のチャンピオンズ・リーグでの試合の「狙い」を予め公表していた。対戦相手のマネージャー、ユルゲン・クロップとは現役時代から旧知の仲である(彼らの初めての対戦は20年前のブンデス3部、マインツ対SSVウルムであり、当時ウルムの監督はラルフ・ラングニックであった)。今ごろ手の内を隠した所で…といったところか。彼の宣言したポイントは以下の3つである。

・局面での判断を素早く正確に
・ボールを保持しようとせずパス回しの展開を速く
・奪ったら最短距離でネイマールとムバッペにボールを渡す

これらは90分間、忠実にピッチ上で実行され続け、結果的にパリが美しく勝利を収めることとなった。トゥヘルは前回の戦いで今シーズン唯一の土をつけられた、プレミアリーグでも無敗のチームに対して明確な勝利のプランを持ってこの試合に挑んだと言える。対してリバプール、本来であれば爆発的な攻撃力を誇るはずの陣容だが、相手の思うがままにボールを持たされ続け、パリの守備組織をほとんど攻略できずに終わった。守備においてもパリのオフェンシブルートを塞ぐことができず、幾度となくカウンターアタックを被る形となっている。

PSGはCLでの前回の戦いで特に最終ラインからのビルドアップに困難を極めた。それはお互いのチームの成熟度も影響しており、トゥヘルの志向するフットボールの哲学がチームに浸透していなかったとも言える。アンフィールドではほとんど何もさせてもらえなかったリーグ・アン王者は、パルク・デ・フランスにおいて、満を持して反撃の狼煙を上げた。



前半だけで10回以上も陣形が変わる「マルキーニョス・ロール」の徹底

パリのビルドアップのメインコンセプトは、最終ラインから高いキープ力と展開力を誇る司令塔のベラッティにボールを渡すこと。そのために相手の強力なファースト・プレッシング・ユニット(マネ・フィルミーノ・サラー)の波を掻い潜る必要があった。PSGはそれを実行するため、従来のセンターバックであるチアゴ・シウバとキンペンベが開きHV(3CBの左右)となり、中央にマルキーニョスを吸収する形でベラッティと「3CB+1」のダイヤモンドを形成。ベラッティはフリーマンとなり、ボールを受けると華麗に反転し即座に敵陣地にボールを運ぶことが可能となった。この「マルキーニョス・ロール」は前半だけで10回以上も実行されており、最終ラインからビルドアップを行う際には必ずマルキーニョスが3CBの中央に位置取りしていた。マルキーニョスは時折、前線での連動したプレッシングにも参加するなど至る所でボールに関与している。

このリベロのような動きをする「マルキーニョス・ロール」によってプレッシングの基準点が曖昧になったことでリバプールの3TOPのプレッシャーを無効化するうえ、特にパリの左サイド、ウイングに張り出したオフェンス力の高いベルナトやネイマールを見るために相手の中盤やサイドバックは徐々に距離間がうまく保てず、特にアンカーの位置にいるヘンダーソンの両脇にはギャップが生じていた。そこにすかさずディ・マリアやネイマールがボールを受けに移動しビルドアップをサポート、ムバッペやカバーニも片側のサイドに寄ることで極めて近い位置でのパスワークで瞬きする暇もないほどの高速カウンターが実行され続けた。特にネイマールはこの試合での貢献度は高く、オフェンス面でのキーパスに加え、要所要所でボール奪取を成功させるなど守備面での活躍も光っていた。彼が自陣でボールを回収すると素早く単騎特攻とコンビネーションを駆使し敵陣地へ侵入、トゥヘルの掲げるコンセプトを忠実に実行し、何度もファイナルサードへと進出していった。



PSGの徹底した両ウインガーへのダブルチームとコレクティブな守備ブロック

リバプールはどの局面においても得意な形をパリに封じられていた。唯一の得点となったペナルティキックを除き、チャンスというチャンスは作れていない。それは十八番のプレッシングがハマらず、ことごとく不本意にパリにボールを持たされていたことからも察することができる。攻撃の核となる両ウイングはPSGの守備陣形により外へ外へと誘導され、マネはケーラーとマルキーニョスに、サラーはベルナトとベラッティに2対1の状況で挟まれ、そこを難なくセンターバックがカバーリングに入って事なきを得ていた。

リバプールが押し込もうとする時間帯もあったが、両サイドハーフのディ・マリアとネイマールが加わり形成されるミディアム・ブロックは非常に効果的で突破が困難であった。ディ・マリアはそもそも献身的なプレイヤーだが、自由奔放にピッチ上を転がり続けるネイマールは、忘れかけていたが困難な場所にボールを1人で運べる世界一の男でもある。無茶苦茶サッカーの本質を理解していて、かつ上手いのだ。当然守備においても撤退時のセオリーやここぞという時のタックルの技術は目を見張るものがあった。パリのアタッカー4名、ディ・マリアとカバーニ、ムバッペそしてネイマールという陣容となるとどうしても攻めダルマになるイメージがあるものの、しっかりと彼らをオーガナイズドし、これだけ個性の強いトップレベルの選手を揃えながらもチーム戦術として非常に完成度の高いレベルまで落とし込んだトゥヘルおよびコーチ陣には脱帽である。彼はメガクラブでは輝けないと各所から揶揄されたが、それも稀有に終わった。リーグ戦開幕14連勝も偶然の産物ではないだろう。



毎シーズン大金を投じるPSG、念願のビッグイヤーを掲げることはできるのか?

シーズン前、PSGはライプツィヒからアシスタント・コーチであるショルト・レーブをスタッフとしては珍しく移籍金を支払って獲得していた。レーブACはトゥヘルがパリにマネージャーとして就任するにあたり切望していた人材で、ラングニックSDやハーゼンヒュットルの元、ブンデスリーガ昇格1年目で大旋風を巻き起こしていたライプツィヒの高速トランジション・サッカーの設計を手伝っていた人物でもある。レーブは以前マインツでトゥヘルの部下として働いていた経験もあり、就く先々で評価の高い人物であったと言われている。個人的には実家の町工場が買収されて腕の立つ職人の知り合いのおじさんが大企業に籍を移して第一線で活躍している感じである。応援せざるを得ない。

奇遇にも、今シーズンのライプツィヒは選手のクオリティこそ落ちるが、このリバプール戦でのPSGのセッティングに近い志向のフットボールを展開している。無理矢理すぎるが、今の私にとってPSGは「トップオブトップのスター選手を集めた最強のライプツィヒ」なのである。レッドブル・グループの掲げる哲学とは大きく異なるが、きっと本気で資金投入したらこうなれるはず!と夢を見れるのである。夢を見たい。夢を見るだけならタダだ。是非ともトゥヘルには、監督としての直接の師匠では無いものの、ラングニックの元教え子であることもあって、欧州の大舞台で結果を出し続けて欲しい。このリバプール戦は、そう願いたくなるほど完璧な試合だった。