Sports Analytics Lab


スポーツアナリティクスの歴史:シリーズ第3回「現代におけるスポーツアナリティクスの役割」

2019.11.25 written by Daichi Kawano

※第1回「スポーツアナリティクスの歴史を振り返る」
https://www.sportsanalyticslab.com/column/sports-analytics-history.html

※第2回「サッカーのデータ分析の歴史と戦術ブロガーの未来」
https://www.sportsanalyticslab.com/column/football-data-analytics-history.html

「スポーツアナリティクスの歴史」シリーズ第3回目のテーマは「現代におけるスポーツアナリティクスの役割」です。主に2010年以降の世界のスポーツビジネス業界(主に米国&欧州)で起こっている現状をおさらいしてみます。

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ここまで「試合の分析」に焦点を当てて歴史を辿ってきましたが、近年スポーツビジネス業界はテクノロジーの介入により革新の季節、もはやピッチ上の事象だけを分析することだけがスポーツの分析ではなくなりました。多種多様な企業が続々とスポーツ界に参入しており、2022年までに世界のスポーツアナリティクス市場は40億ドル(日本円で約4300億円)にまで達すると予想されています。

従来の分析の主な目的は、チームのパフォーマンスを改善し、対戦相手のスカウティングを行う事でゲームに勝つ可能性を極限まで高めることでした。ですが現在では、試合当日にスタジアムの席を埋めるファン、映像配信サービスのサブスクリプション契約、公式ストアの商品、スタジアムの駐車場、スポンサー企業、自治体、SNSに投稿されるUGC(ユーザーが生成するコンテンツ)など数多くの分析対象が存在しており、クラブチームスタッフは日々それらのほとんどに対応し、更なる商圏の拡大を図っています。

例えば、世界でも有数のサッカークラブであり、久保選手の移籍で日本でも話題となったレアル・マドリードは、ソフトウェア開発のリーディングカンパニーである米国マイクロソフトと長年提携しており、マイクロソフト社のテクノロジーを活用してクラブの運営、選手のパフォーマンスや体調管理、そして5億人以上と言われる世界中のファンのリサーチを絶えず行っています。

▼The Microsoft Cloud&Real Madrid

他にもマンチェスター・ユナイテッドと米国の経営コンサルティング会社であるAONの関係もそれに近いでしょう。世界中の数多ある企業と同様に、マンチェスター・ユナイテッドは市場競争を制するため革新的なソリューションを積極的に導入し、AON社をアドバイザーとして据えています。

このように世界中のスポーツブクラブが高度なスポーツのデータアナリティクスを活用して、チームや選手のパフォーマンス、マーケティング、ファンのエンゲージメントなどを徹底的に分析しています。特にサッカーというスポーツは昇降格というシステムがある分、クラブの規模を問わず、勝ち負けに影響されないコアなファンを育成しなければならないというのも少なからず影響しているでしょう。

それでは表題となる「現代におけるスポーツアナリティクスの役割」について、昨今の世界のスポーツビジネス界においてどのように浸透し、実践されているのかを解説します。


▼試合のためのテクニカルサポート(試合の予測分析+フィットネス管理)



映像分析のソフトウェアはより進化を続けています。トレーニングや試合の映像はカメラが自動追尾し、取り込まれた映像はリアルタイムに解析され、膨大なイベントデータ+トラッキングデータとして生成されます。また古くからの定性的な分析手法に加えて、最近ではデータサイエンスのスペシャリストも積極的に採用されています。

クラブ専任のデータサイエンティストは予測分析を任されており、彼らは機械学習モデルを用いる事で、試合当日にどのプレイヤーがどのポジションでより良いパフォーマンスを発揮するかを分析しています。予測に使用されるデータは、例えば相手チームとの対戦成績、ベーシックスタッツ、気候、選手のコンディション状況や試合条件などに基づいたものになります。

このような統計データを利用して、ディープニューラルネットワーク(*1)やSVM(サポートベクターマシンの略。パターン認識モデルのひとつ)などの最先端の機械学習モデルをチーム独自のものとして構築し、監督がどのタイミングで選手を交代するべきか、また状況に応じてどのような策を打つべきか、勝利する確率を徹底的に上げていくのです。

(*1)ディープニューラルネットワーク
https://www.sbbit.jp/article/cont1/33345


▼ファンのエンゲージメント獲得(アプリやSNS等を通したマーケティング)



世界中のプロスポーツチームはそれぞれが熱狂的なファンを抱えており、今や地元に限らず地球上のどこにいても、彼らファンと良好な関係を築いておく必要があります。クラブが提供するスマートフォンアプリやSNSを通じてファンと1対1で交流することで、ターゲットを絞ったプロモーションキャンペーンを作成したり、収集したデータを使用してファンの行動を追跡することが可能です。このようにしてチームの広報やマーケティング担当は、ファンが更にチームに夢中になり、より多くの時間を割くように仕掛け続けなければなりません。

また、日本でもDAZNに代表されるような、オンラインでのスポーツ観戦における”デジタル・エンゲージメント”のパターンを検出して、アプリのログイン頻度や「どの試合の映像を閲覧しているか」といったデータを通して、ファンが何をいつ視聴しているかを彼らは把握しています。ソーシャルメディアでは特にエモーショナルな部分をマイニング(抽出)して、ファンが「試合前と試合後に何を考えているか」を分析することで、適切なタイミングで彼らに対して魅力的な広告やキャンペーンを提供できるようになるのです。(人々は感情的になるほど、冷静な判断ができなくなり財布の紐が緩むので…)

ファンのエンゲージメントからのデータはスタジアムにも波及しており、チームはファンの動きを明確にするために電子チケット、さらには指紋認証や網膜スキャンなどを使用しているチームもあるほどです。これらの手法は、ファンがオフィシャルショップでのグッズ購入や試合のチケットを購入する際のありとあらゆるデータを追跡し、これらのデータを処理することにより、チケットの価格設定から試合当日のスタッフの配置まですべてを予測し、人員コストを最小限に抑えることができるのです。


▼スタジアム周辺のエコシステム構築(スタジアム外の行動マッピング)



これまでに述べた分析データは、スタジアムでより多くの飲食物を販売し、スタジアムの駐車場の混雑を解消するのにも役立っています。これは、スタジアムやアリーナの外でのファンの行動をマッピング(異なるデータの項目を関連するものとして紐付け)する事で実現しているのです。利用している携帯キャリア、決済サービス、小売業者などの他のステークホルダーとつながることにより、スポーツクラブはスタジアムに到着する前と試合観戦後のファンの行動をより深く理解し、常に最適化を行っています。


▼バックオフィス業務の改善(カスタマーエクスペリエンスの向上)



これらスポーツアナリティクスに関わる情報のほとんどが、チームが独自で収集したものであり、これらはサプライチェーン・マネジメント(複数の企業間で統合的な物流システムを構築すること)などの業務改善にも大いに役立ちます。高度な分析を導入することで、人事や顧客管理を大幅に改善でき、それによりクラブチームは核となるプロダクトやサービスについて適正な判断が可能となり、カスタマーエクスペリエンス(顧客満足度)の向上と共に、更なる収益を見込めます。


▼パートナーシップの拡大(ビッグデータによる交渉材料の最適化)



そもそもプロスポーツは、スポンサーシップや広告、そして選手の取引までを含んだ「パートナーシップ」に基づく大規模なビジネスモデルです。過去には代理人に多くのマージンを持って行かれましたが、それはチームが新たに獲得する選手の情報をほとんど持っていなかっただけに過ぎません。現在では選手個人の分析データベースを元に、選手の市場価値やプレイヤースキルがデータとして可視化されているので、昔に比べて選手の価格はより適正なものとなりました。また企業がチームをスポンサードする際も、そのチームがどれだけ"投資の対象"としてふさわしいのかを示すデータが揃っているので、より多くの企業がスポーツビジネスに参入しやすい状況が生まれています。


また番外編として、スポーツアナリティクスは世界のスポーツギャンブル産業の成長にも大きく貢献しています。 多くのベッティングサイトで各チームのベーシックスタッツが公開され、熱心なスポーツファンからカジュアルなギャンブラーまで、あらゆる層に人気があります。 賭けを行う際、試合のスタッツや過去の対戦情報、選手のパーソナルデータとありとあらゆる情報にアクセスできる為、意思決定に至るまでのプロセスに公平性が高いことも影響しているようです。イングランド・プレミアリーグに所属するチームの約3分の1の胸スポンサーがオンラインカジノ企業である事からも、その人気が伺えます。

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このように「スポーツアナリティクス」は試合の分析だけでなく、その試合やチームの利害関係者全てを対象とした、非常に規模の大きい事象を指す言葉となりました。まだ日本での市場規模は米国や欧州に比べると大きくはないものの、次々に大手企業が参入し、スポーツビジネスの夜明けを迎えようとしています。今後、日本の市場に最適化されたスポーツアナリティクスが各所に導入されることで、更にスポーツの価値が向上していくことでしょう。

プロフィール:河野大地 (Daichi Kawano) デザイナー/アナリスト

宮崎県出身。約10年の広告制作会社勤務ののち、長年趣味で行なっていた映像編集技術やデータ分析、インフォグラフィックに関するスキルを買われスポーツテック業界へ2018年に転籍。現在は株式会社SPLYZAにて試合映像分析アプリの開発・運用にUI設計&デザイナーとして携わる。4児の父。

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